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フリーランスWebライターが会社を辞めて独立してからの丸5年を振り返る

雑記・お知らせ

こんにちは。北極ぺんぎんです。

今年2023年の2月、ようやく独立5周年を迎えることができました。フリーランスの5年後廃業率はおよそ75%というデータもある中で、ここまで続けてこられたことをありがたく、嬉しく思います。

この5年間、フリーランスになって良かった!と思うことも、大変だと感じることも両方ありました。今回はこの5年間をざっくり振り返ってみます。

ところどころで教訓とか「こうやっておけばよかった」的な話も入れますので、これからフリーランス、Webライターとして頑張ろうと思っている方にはご参考にしていただけるかと思います。

2018年:ライティングだけでは食べていけずバイトも始めた1年目

2月に独立した当初の私は、とんだ大馬鹿まぬけ野郎でした。

ありがたいことに友人からWebライティングの仕事をいただけていた一方で、自分で仕事を獲得する方法がさっぱり分からない。
それだけならいいのですが、会社を辞めた開放感がなぜか「仕事見つからないけど、まあなんとかなるだろ!」という中身のない安心感へと変換されており、自分から仕事を獲得する営業を碌にやっていなかったのです。

いや、正確には営業はしていました。しかし、その方法が全然ダメで、まったく成果につながらない。成果につながらないのに「まあそのうちなんとかなるだろ!」と思っていたことが、今思うとまぬけ野郎で。具体的には

  • 碌に読まれないnote記事を量産して満足する
  • 試しにやってみたクラウドソーシング系サービスで仕事を1つ達成して満足する
  • プロフィールサイトやポートフォリオサイトをいくつか作って満足する

といったことを何か月かダラダラとやっていました。

今なら分かります。
駆け出しのWebライターが真っ先にするべきは「営業」です。WantedlyなりTwitterなどで探すなりして、初心者でも仕事させてくれそうなクライアントにどんどん営業をかけること。そして同時進行としてクラウドソーシング系サイトで仕事もやっていくこと。こういった「仕事」につながる具体的なジャブをとにかく打ち込むことが必要です。

けど、そういうことに当時の私は気付けず。夏ころになって通帳と手元のお金が尽きかけてようやく「やばい…!このままだとやばい!!」と危機感を覚えるに至り、アルバイトをすることにしました。

アルバイトは個別指導の塾講師をやりました。面接をした塾長は「大学生以外がバイト面接に来るのは初めて」と仰ってましたが、幸い人手不足&私が学生時代に塾講師をしていた実績があることで、雇っていただきくことができました。

その後、2年目の5月に辞めるまで1年弱、バイトとWebライターを両立して、なんとか胡口をしのいでいました。

Webライターとしての稼ぎが不十分なら、それ以外の手段でお金を稼ぐこと。そもそもWebライターとしての稼ぎが最初は不十分だと想定して、お金を貯めておくこと。
こういったことも1年目の教訓ですね。

2019年:過去の「人脈」が思わぬ形で活きた、転機の2年目

2年目と書きましたが、正確には1年目の年末。思わぬ形で大きな転機が訪れました。

私が通っていた大学院で知り合いだった当時の社会人学生で、とある会社の社長をやっていらっしゃる方が、Facebookを通じて「フリーランスをしているなら仕事を頼めないか?」と連絡をくださったのです。

すぐさま私はその方の会社に行き、面接をして。すぐにお仕事をいただくことができました。

その会社での仕事というのは、当初はライティングではなくデータ分析などがメインで、後から次第にブログ記事の執筆なども頼まれるようになり。今では、ウェブサイトのコンテンツ関係は企画から入稿までまるごと任せていただけるまでに至っています。
そのプロセスについては別の機会に書こうと思いますが、とにもかくにもこの社長さんからのアプローチ、会社との出会いこそが、私がWebライターとして食べていけているようになった重要な場面だったことは間違いないです。本当に感謝しかありません。

また、2年目には、前年始めた塾講師のアルバイトと同時進行していたWantedlyやSNSを用いての営業活動も徐々に実を結び始めました。
その結果、2年目の末頃には5社と直接契約のもとWebライターとして仕事を獲得。会社員時代の稼ぎを超える売上をあげることに成功しました。

ちなみに塾講師のアルバイトはほぼ1年勤めあげ、5月頃に辞めました。アルバイトでの稼ぎも大変助けになりましたし、塾長はじめ他の先生方(ほとんどみんな学生さん)にも良くしていただいたので。これまた感謝しかありません。

2020年:新型コロナでダメージを受けた3年目

クライアントも順調に増え、ようやく安定した売上も上げられるようになった2年目。
この勢いで3年目も頑張ろう!と思った矢先。

新型コロナ禍がはじまりました。

前年(2年目)の12月時点で5社から仕事をいただいていたはずの私。年度が替わり4月になった時点で、仕事をいただけるのは1社だけになっていました。

幸い、残った1社(Facebookで連絡をくれた人のところ)での収入が一番大きかったのと、持続化給付金をいただくこともできたので、数か月はしのげました。
が、やはり夏頃には「やばい…!このままだとやばい!!」という状況に。

いま思うと「4月に仕事が激減した時点でやっておけ!」と思います。兎にも角にもようやく焦りながら営業を活性化。新たに数社と直接契約を結ぶことに成功し、なんとか売上を2年目の水準に戻すことができました。

この3年目の教訓はずばり「やばい!と少しでも感じたらすぐ動け!」です。フリーランスはいつ、どのようなかたちで仕事がなくなるか分かりません。
それこそ「未知のウイルスにより世界中の街がロックダウンするはめになり、日本もあちこちで企業活動が停滞する」なんてこと、映画の世界の話すぎて私は「本当に起きる」とは思っていませんでしたから。

2021年:過去最高の売上を達成した4年目

4年目の記憶は実はあんまりないんです。

1月になっていきなり、その直前までバリバリ仕事をしていたクライアントから「メディア運営自体をやめます」と契約の解除がありました。

が、夏前には、そのクライアントさんの下で編集として動いていた方から別の仕事をいただいたり、別のクライアントをご紹介いただくことができて。
有難いことに文字どおり「休みなく」仕事をすることができた一年となりました。

仕事ばかりしていたので、それ以外の記憶があんまりないんです。
でも、その甲斐あってこの年は過去最高の売上を達成。
会社員時代と比較して1.5倍ほどの収入を得ることに成功しました。

この4年目の教訓は「一度同じチームになった人とは良好な関係を築こう!」です。特に編集やライティングの仕事をしている人は、所属する会社や契約先のクライアントが変わったとしても「編集」や「ライティング」という仕事は変わりません。
なので、新たな所属先等でライターが必要になったら声をかけてくれる、というケースが多いんです

これが、Webライターが「人脈で仕事を獲得する」ということだと私は解釈しています。

2022年:マーケティングに関するノウハウを積みまくった5年目

5年目となった2022年も、クライアントが減ったり増えたりはしたものの、結果として安定的に売上を確保することに成功。
5年目になってようやく胸を張って「私はWebライターとして飯を食っています!」と言える心境に至りました。

フリーランスとして「稼ぐ」ことが安定的になったおかげで、「マーケティング」に関して仕事や勉強を通じて「インプットする」ことにも力を割くことができました。
特に、メールマーケティングやコンテンツマーケティングにおいて「数字」を見ることの大事さを理解し、そのための具体的な方法を、仕事を通じて学べたのが大きいなと思っています。

また、11月からツイッターの運用を本格的に再開できたのも、「稼ぐ」ことが安定できたおかげです。
本来ならば1年目の大変な時期からずっとツイッターの運用は続けるべきなのでしょうが、残念ながら私は要領が悪いのでそれが出来ず。満を持してようやく再開できたっていう感じです。

2023年:もっとクライアントに貢献できるフリーランスを目指して

実は5年目の売上は、4年目と比べたら落ちていました。
しかし、これに関してはむしろ4年目に「仕事以外の記憶がほとんどない」ほど働き過ぎた反省もあって、あえて仕事のペースを上げ過ぎないようにしていたことが理由なので、1年目や3年目のような危機感はありません。

ただ一方で、もっと積極的に仕事をしたい!クライアントに大きく貢献できる仕事をして、フリーランスとしてもっと稼ぎたい!という気持ちはもちろんあります。
むしろ、フリーランスとして自分に自信を持つ余裕がでてきたからこそ「クライアントさんのため」という「奉仕の念」をより強く意識できるようになった気もしています。
そのために必要な知識やスキルもなんとなくイメージがあり。仕事はもちろん仕事以外の場面でも、勉強をしていきたい気持ちが強いです。
どんな知識やスキルが必要だと思っているか?という話はまた別の機会に。

兎にも角にも6年目となる2023年は、そういったことを課題として意識しながら仕事をしていきたいと思っています。


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